千曲川と犀川が合流する真島の朝霧の風景
Mashima, Nagano

信州りんご、
はじまりの地。

長野市真島は、千曲川と犀川が出会う場所。明治から150年近く、りんご栽培の歴史を積み重ねてきました。ハネダシ・プラスのりんごも、この土地で育っています。

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起源
明治12年、真島地区の農家・中沢治五衛門が横浜から持ち帰った苗木から、信州のりんご栽培の歴史が始まりました。
歴史
苗木を植えてから結実まで5〜6年。病害虫や不作と向き合いながら、約150年かけて畑を広げ、栽培技術を蓄積してきました。
気候と土壌
盆地特有の寒暖差に加え、千曲川・犀川が運んだ砂質の土壌が、色づきのよいおいしいりんごを育みます。
Our Story

長野市真島の地に、根差して。

雪の中に佇む樹齢40年の古いりんごの木

ハネダシ・プラス創業メンバーの一人、吉田直矢の実家は、江戸時代から真島で農家を営んできました。昭和の初めにはりんごの栽培をはじめ、私の祖父も専業でりんご農家を営んでいました。

祖父の時代に植えたりんごの苗木は、今では樹齢40年を超える古木となり、甘みと酸味が際立った、おいしいりんごを実らせています。

祖父から祖母、そして母へ。畑は毎年、シャクシャクの甘いりんごを産み出してくれています。
りんごを収穫する子ども

30年ほど前からは、農協への出荷だけでなく、知り合いや親戚からの注文を受ける産地直送にも取り組んできました。季節の前には、自宅のFAXが注文書であふれかえるほど。それでも、りんごの価格自体は頭打ちで、「お金のことを考えれば、とても割に合わない」というのが母の口癖でした。私自身も、小さい頃から「りんご農家は継ぐな」と言われて育ちましたし、周囲でも後継者不足が進んでいます。

それでも、携わる「楽しさ」があることもまた事実です。単調な作業の中に少しずつ工夫を重ねたり、収穫したコンテナを前に達成感を感じたり。

「作る人」「食べる人」という関係を超えた、農家と消費者の新しい関係を、これからも築いていきたいと考えています。東京と長野、双方に拠点を持つ私たちだからこそ、できることがあるはずです。

Written by Naoya Yoshida

Harvesting Experience

りんごができる過程を、体験する。

どうやってりんごができているのか。その過程で生まれる"ハネダシ"とは、どういうものなのか。ただの果物狩りではなく、農作業を年間を通して体験いただくことで、日本の農家の今とこれからを考える機会をご提供します。自分で飲むシードルのできる過程を体験したい方、お子様の食育をお考えの方にもおすすめです。

Contents りんご狩りより少し本気の収穫作業 もぎ取り、運搬、箱詰め
When 11月頃の週末 3時間ほど
Enjoy 休憩時間のもぐもぐタイム お土産つき
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